ある日、とうとう私は我慢ができなくなった。
何があったわけでもない。いつもどおり時間が来たから、ビルダーホールを出て、私たちの村を目の当たりにしただけだ。
でも、私の中で、何かがぷつりと切れてしまった。
くるりと踵を返し、勢いにまかせ、身一つで船に乗りこんだ。
予定も用事も何もなく、昼の村に降り立った。
そこで私が見たもの。
私がやっていた仕事は、いつもお昼を一緒に食べていたあの娘が淡々とこなしていた。その娘の抜けた穴は、私が夜の村に行く直前に採用された学生あがりの新人が、確実さには欠けるものの最低限の役割はこなしているようだった。
私がいなくても、まわっていく世界。
あー、私の居場所は、ここにはもうなくなっちゃったんだなぁ・・・。
「おー、お疲れ様。今週の定例会議、日程変わったんだっけ?」
ぼんやりそこにたたずむ私に気づいたバーバリアンが声をかけた。
はっとした私は、逃げるようにそこを立ち去った。
海は穏やかで天気は良好。水面はキラキラと輝いている。
私はぼんやりと、船のスクリューによって作り出される白い水しぶきを眺めていた。
夜の村に戻ってきたものの、なんとなく仕事をする気になれなくて、ビルダーホールの中に籠っていた。
どれくらい時間が経ったのか。ふいに大工が中に入ってきた。
「あれ、具合でも悪いのか?」
真新しい作業着に身を包んだ彼の問いかけに、あいまいな返事で応える。
それ以上は何も聞かず、大工は新しい図面と工具を見つけると、どっこいしょ、と外へ戻っていった。
そのまま私はビルダーホールの中で何をするでもなく過ごした。
仕事が終わると皆が戻ってきた。いつものように皆で夕食を囲んだが、今日の勤務中何処で何をしていたのかなど、誰も聞いてくることはなかった。
その日の夜、皆が寝静まった頃、私はふらりと外に出た。
とはいっても、いつも暗い村なので、朝なのか夜なのかはわからないけれど。
タワーの上では、夜勤のアーチャーが鋭い視線を周囲に送っている。無条件で村が攻められることはないのに、これまでの習慣というのは抜けないもののようだ。
エメラルド鉱山をぺたぺたと触り、ひんやりとした石の感触を楽しんでみる。昼の村にはない施設。
ラボを覗くと大工がいた。研究中のユニットの調子を見ているようだった。
仕事熱心だなぁとぼんやり見ていると、気配に気づいたのか大工が振り返った。
「おう、お疲れさん、具合は大丈夫なのかい?」
「うん、まあ・・・」
あいまいな返事をすると、大工は一度じっと私を見て、元の作業に戻った。
その後何とはなしに大工が仕事をする様を私は眺めていた。大工は慣れた手つきで淡々と仕事をこなしていく。何をやっているのかはわからなくても、見ているだけで不思議と退屈しなかった。
「ふー、ちょっと外に出ないか?」
小一時間ほど経った頃、ひと段落ついたのか、大工が口を開いた。
大工の後に次いで外に出ると、涼しい風が頬をなでた。
蛍の光が暗闇を照らす、私たちの新しい世界。
大工と一緒に寝っころがって、私は遠い夜空の星を眺めながら、とりとめのないことを話した。
どうして大工はユニフォームが新調されたのに、村娘のそれは変わらないのか、とか。
ちょっとドジな村娘が、誤って押し出しトラップに乗ってしまって、ものすごい奇声を上げて飛び上がったこと、とか。
大工と別れ、ビルダーホールの自分の部屋に戻ると、テーブルの上にポットと、小さなメモが置いてあった。
『センパイ、体調悪いみたいって大工さんに聞きましたけど、大丈夫ですかぁ???
こっちの村はなんだか冷えるみたいですし、温かいもの飲んで身体を温めて、ゆっくりお休みくださいね~♪』
ふっと顔がほころんだ。
カップにドリンクを注ぎ、口に運ぼうとして、私は思わず苦笑い。
記憶違いでなければ、ジャスミンティーって、覚醒作用があるんじゃなかったっけ・・・。
窓の外を見やると、私たちの新しい村が蛍の光で仄明るく照らされている。
そうして今日という時間がやってきて、皆と一緒に村に出た。
同じ場所で、同じような1日を迎えるのに、自分の気持ちひとつで、これからの1日がやる気に満ちたり、逆に荷が重くてしょうがない1日になる。
不思議なもので、昨日と同じように私たちの村を目の当たりにしたけれど、自分自身はなんだかすっきりした気分で今日を迎えている。
村娘たちも大工も、昨日となんら変わらない。
私の心の中のどろどろには、ひょっとすると何か感づいているのかもしれないが、一見全く気づいていないような態度に見える。むしろそれはありがたいことであって。
「よ~し、では作業を始めましょう!」
いつもの私の日常が、今日も始まろうとしている。
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